開業の準備で、意外と早い時期に決まってしまうものがあります。名前です。
店名、屋号、サービス名、商品名。決めた瞬間から、看板、名刺、ロゴ、ドメイン、SNSのアカウント名が次々にその名前で作られていきます。
そして、多くの人がそのあとで気づきます。「この名前、他の誰かが先に押さえていたらどうなるのか」。
調べ始めると、商標登録という言葉に行き着きます。ところが、ここで相談先がぼやけます。会社を作るときに世話になった行政書士か、登記を頼んだ司法書士か、顧問の税理士か。結論から言うと、商標の出願を代理で引き受けられる相手は限られています。
この記事では、商標登録を誰に頼めるのか、自分でどこまでできるのか、そして頼む意味が出てくるのはどんな場面かを整理します。
⚠️ 商標の制度、手数料、手続きの様式は改正されることがあります。この記事では具体的な金額や審査の期間を書いていません。 実際に出願するときは、必ず特許庁の公式の案内で最新の内容を確認してください。
まず、「登記したから大丈夫」ではない
最初に、よくある取り違えを外しておきます。
| やったこと | それで得られるもの | 名前を独占的に使う権利になるか |
|---|---|---|
| 法務局で会社の商号を登記した | 会社の名前として登記簿に載る | なりません |
| 税務署に屋号を書いて開業届を出した | 屋号で事業をしている記録 | なりません |
| ドメインやSNSのアカウントを取った | そのアドレスやIDを使える | なりません |
| 特許庁に商標を出願し、登録された | 指定した商品・サービスについての商標権 | ここで初めて権利になります |
会社の商号は、同じ所在地で同じ商号でなければ登記できる仕組みです。つまり登記が通ったことは、「同じ名前の事業が他にない」ことも、「その名前を使っても問題がない」ことも意味しません。
会社設立の流れの中で商号がどう決まるかは、会社設立を行政書士に頼むメリットと費用の目安|どこまで頼めて、登記は誰に? に整理しています。設立の手続きと、名前を守る手続きは、窓口も担当者も別物だと考えてください。
商標は「先に出した人」が優先される
日本の商標制度は、同じ・似た商標について、先に出願した人が優先される考え方で組まれています。
ここが開業期の当事者にとって厄介なところです。
- 先に使い始めていても、それだけで守られるとは限りません
- 自分が使っている名前を、あとから他の誰かが出願して登録されることがあり得ます
- 逆に、自分が決めた名前が、すでに他人の登録商標だったということも起こります
後者のほうが、実害としては重くなりがちです。看板もロゴも作ったあとで名前を変えることになれば、作り直しの費用と、名前で覚えてもらった分がまるごと失われます。
「使っていなかった名前でも、他人の権利に触れていないか」は、名前を決めた直後、まだ何も印刷していない段階で確かめるのがいちばん安く済みます。
誰に頼めるのか
商標の出願手続きは、本人が自分で行うことができます。 そのうえで、報酬をもらって他人の出願を代理することは、扱える資格が決まっている領域です。
| 相手 | 商標出願の代理 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 弁理士 | できる | 商標・特許など知的財産の出願を専門に扱う資格 |
| 弁護士 | できるとされている | 商標をめぐる争い(使用の差し止めや警告への対応など)が絡むときに前に出てくる |
| 行政書士 | 範囲外とされています | 許認可や官公署への書類作成が中心。特許庁への商標出願の代理は扱わない |
| 司法書士 | 範囲外とされています | 商号の登記は扱うが、商標の出願は別 |
| 税理士 | 範囲外とされています | 税務が中心 |
「会社設立で世話になった行政書士に、ついでに商標も」は成立しないことがあります。 資格ごとに扱える範囲が法令で定められているためです。境界の考え方は 行政書士の独占業務と「ここから先はできない」の境界|他士業との線引き にまとめています。
実際には、付き合いのある士業から弁理士を紹介してもらうという流れがよく見られます。依頼先を探すときは、その人が弁理士として登録されているかを日本弁理士会の公式の検索で確認できます。
自分でやれるのは、どこまでか
商標登録は、手順を分けて見ると「自分でやれる部分」と「判断が要る部分」がはっきり分かれます。
① 同じ名前・似た名前がないか調べる(自分でできる)
特許庁が案内している無料の検索データベース(J-PlatPat)で、登録済み・出願中の商標を調べられます。ここは費用がかからず、誰でも使えます。
- まず、決めた名前そのものを入れて検索する
- カタカナ、ひらがな、英字など、表記を変えてもう一度検索する
- 読み方が同じ・近い名前も試す
② 「似ているかどうか」を判断する(ここから判断が要る)
ここが素人判断でいちばん外れやすいところです。 商標が似ているかどうかは、見た目の文字が同じかどうかだけでは決まりません。
- 読んだときの音が近いか
- 見た目が近いか
- 意味やイメージが近いか
といった観点で見られると言われており、さらにどの商品・サービスについての商標かでも結論が変わります。検索で「完全に同じ名前」が出てこなかったことは、「似ている登録がない」ことを意味しません。
③ どの商品・サービスについて出すかを決める(判断が要る)
商標は、名前だけを出願するのではなく、「どの商品・サービスに使うか」をセットで指定します。商品やサービスは区分に分けられていて、指定した範囲の外には権利が及びません。
- 狭く指定すると、費用は抑えられても、守りたい範囲が漏れることがある
- 広く指定すると、区分の数に応じて費用が増えていく仕組みになっている
開業直後の当事者が「自分の事業は何の区分か」を正しく選ぶのは、思っているより難しいところです。飲食店がテイクアウトの商品も売る、教室を開きながら教材も売る、といった場合は、ひとつの名前でも複数の区分にまたがることがあります。
④ 出願書類を作って出す(自分でもできる)
様式に沿って書類を作り、特許庁に出願します。電子出願にも紙の出願にも、それぞれ必要な準備があります。 手数料は特許庁の公式案内で確認してください。
⑤ 審査で指摘が来たときに答える(判断が要る)
審査の結果、登録できない理由が通知されることがあります。これに対して、意見を述べたり、指定の範囲を直したりして答える手続きがあります。
自分で出した人がいちばん困るのはここです。 通知の意味を読み取り、どう答えれば通る見込みがあるのかを組み立てるのは、専門家の仕事の中でも中心的な部分です。
弁理士に頼む意味が出てくるのは、こんなとき
全員が弁理士に頼む必要があるわけではありません。 目安としては、次のどれかに当てはまるときに、頼む意味が大きくなります。
1. 検索で、近い名前がいくつも出てきた … 似ているかどうかの判断が結論を左右します 2. ひとつの名前を、複数の商品・サービスに使う予定がある … 区分の選び方で、守れる範囲も費用も変わります 3. その名前で、看板・パッケージ・広告にまとまった費用をかける予定がある … 登録できなかったときの損失が大きいほど、最初の確認に払う意味が出ます 4. 将来、フランチャイズやのれん分け、ネット通販で広げる見込みがある … 名前そのものが事業の資産になります 5. すでに他の誰かから、名前について連絡や警告が来た … この段階は争いの入口です。弁護士が前に出る場面でもあります。相談の入口の違いは 顧問弁護士は必要か|他の士業と「相談の入口」が違う理由と、費用の3つの型 に整理しています
逆に、小さく始める事業で、検索しても近い名前が見当たらず、使う範囲も1つの区分に収まるなら、自分で出願を試みる人もいます。ただしその場合も、審査で通知が来たら、その時点で専門家に見てもらうという逃げ道を用意しておくと安心です。
費用は「何に対して払うのか」を分けて聞く
商標登録にかかるお金は、特許庁に払うものと、弁理士に払うものが別会計です。
- 特許庁に払うもの……出願のときと、登録のときにかかる手数料。区分の数によって変わる仕組みです
- 弁理士に払うもの……調査、出願書類の作成、審査への対応、登録の手続きなど、段階ごとに報酬が設定されていることが多い
見積もりを比べるときは、次を確認してください。
- 事前の調査は含まれているか(調査なしで出願だけ、という料金もあります)
- 審査で通知が来たときの対応は、別料金か
- 登録のときの手数料と報酬まで含めた総額で見ているか
- 区分がひとつ増えたら、どこがいくら変わるのか
出願の料金だけが安く見えて、審査対応や登録の段階で費用が積み上がるという組み立ても珍しくありません。総額と、段階ごとの内訳の両方を出してもらってから比べてください。
無料で聞ける公的な窓口もある
「いきなり弁理士に頼むほどか分からない」という段階なら、まず無料の窓口に聞くという順番もあります。
- 各都道府県に設けられている知財総合支援窓口……中小企業や個人事業主が、商標を含む知的財産の悩みを相談できる窓口です
- 日本弁理士会の相談窓口……弁理士に直接話を聞ける機会が設けられています
- 特許庁の案内……出願手続きの方法そのものについての案内があります
実施日、予約の要否、相談できる範囲は窓口ごとに違います。 利用するときは、各窓口の公式の案内で確認してください。
どの士業に何を聞けばよいか全体像から整理したいときは、この悩み、どの士業に相談すればいい?|困りごと別・相談先の早見ガイド を参照してください。
順番として、こう進めると詰まりにくい
1. 名前の候補を決めたら、何かを印刷する前に J-PlatPat で検索する 2. その名前を使う商品・サービスを書き出す(今やること、1〜2年のうちにやりたいこと) 3. 近い名前が出てきた、または使う範囲が広いなら、公的窓口か弁理士に聞く 4. 出願するかどうか、自分で出すか頼むかを決める 5. 看板・ロゴ・パッケージに費用をかけるのは、そのあと
1を飛ばして5から始めると、名前を変えるときの費用がいちばん大きくなります。 商標は、決めた名前を守る手続きであると同時に、他人の権利を踏まないための確認でもあります。
よくある質問
Q. 個人事業主でも商標登録はできますか。 A. 法人でなくても出願はできます。 ただし、あとで法人化したときに権利者の名義をどう扱うかという論点が出てきます。法人化の予定があるなら、出願の前に弁理士か公的窓口に確認しておくと、あとの手続きが軽く済むことがあります。
Q. 出願してから登録されるまで、その名前は使えないのですか。 A. 使うこと自体は、出願中でも行われています。 ただし、登録されるまでは権利として確定していません。 審査の結果によっては登録されないこともあるため、大きな費用をかける判断は、見通しを確かめてからにしてください。
Q. 商標を取らずに事業を続けている人も多いのでは。 A. 多いのは事実です。 取らないことが違法になるわけではありません。問題になるのは、他人の登録商標と重なっていた場合や、あとから他人に登録された場合です。取るかどうかの判断は、名前にどれだけ費用と信用を積み上げる予定かで変わります。
Q. ロゴも一緒に登録したほうがいいですか。 A. 文字の商標とロゴ(図形を含む商標)は、別々に扱われることがあります。 どちらを先に出すか、両方出すかで、守れる範囲も費用も変わります。ロゴのデザインを変える予定があるかどうかも含めて、出願前に確認してください。
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まとめ
- 商号の登記、屋号を書いた開業届、ドメインの取得では、名前を独占的に使う権利にはなりません。 権利になるのは、特許庁に出願して登録されたとき
- 先に出願した人が優先される考え方なので、名前を決めたら、何かを印刷する前に調べる
- 出願の代理を報酬を得て引き受けられるのは弁理士(と弁護士)。 行政書士・司法書士・税理士は範囲外とされています
- 検索と出願は自分でもできる。 判断が要るのは、似ているかどうか・区分の選び方・審査で通知が来たときの対応
- 費用は特許庁に払う手数料と、弁理士への報酬が別会計。段階ごとに何が含まれるかを確認する
- 制度や手数料は変わります。最終的な内容は、特許庁・日本弁理士会・知財総合支援窓口の公式の案内で確認してください
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